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とある神様の話
――むかしあるところに、人の子の涙を呑む神様がいました。
その神様は優しい心の持ち主で、人の子が涙を流す姿の痛々しさに自分まで泣いてしまう
ような神様でした。
あるとき、そんな神様のことを好きだという人の子が現れました。彼の人は言いました。
「貴方が涙を流すぶん、私が貴方を笑わせて差し上げましょう」
――それからというもの、人の子は暇さえあれば神様のところに顔を出しました。
道に咲いていた花がどれほど美しいかを。
空に浮かぶ雲がどれほど輝いているかを。
それからそれから、かつて神様が涙を呑んだ幼子が涙を乗り越えて育っていることを。
人の子はそれらを語って聞かせました。
――いつしか神様と人の子は愛し合うようになりました。
けれども神様と人の子では命の長さが違います。
姿が似ていても人は人。神は神なのです。
人の子はだんだんと自分が誰なのか、自分が愛する神様が誰なのか分からなくなって
しまいました。
――人の子は死にました。
神様はたくさん泣きました。
涙が河に、海になりそうなほど。
神様は自分のことが――ものを伝えられないその声が、大嫌いになりました。
神様は、自分の喉をつぶしました。
「……そのあと神様がどうなったのかは、だぁれもわかりません」
店主――シロが珍しく顔にかかる紙を外し、声を発しておとぎ話をしてくれた。
なんだか煮え切らないような、よくある皆が幸せになる話ではないその話は、聞いているだけで胸が痛くなる。
『悲しいって顔してるね』
「また筆談、ですか」
『てへ』
流れる涙を彼の指が掬う。
悪戯っぽい表情をいつものように紙で隠しながら走り書かれた文字に、フン、と息を吐きつけた。
『なんか、気になる?』
「…というか、初めて聞いた気がしなくて」
『 』
ふむ、と考えるような仕草のあと、微かに笑うような気配がする。
それから私の長い髪を手早く束ねて、肩をぽん、と押された。
『ご飯にしよう』
「……え、はい」
『手伝ってね』
「食べられるものにしてください」
『 善処しマース』
何か忘れてるなあと思わなくもないが、多分特に気にする必要もないだろう。
軽口を叩きながら台所へと移動する。
「……―――、」
口元の紙が、揺れた。
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